| 中学校に入り、とにかく発狂したくなっていた。「こんな宗教、絶対やめてやる。」と思ったが、無理だった。「宗教は自由だ!」と叫びたかったが、伝道活動や集会を休めなかった。仮病でも使おうものなら、叩かれるからだ。 「はっきりと『宗教をやめたい。』と言えばいいじゃない」と、ある人に言われた。でも、絶対的権力を持っている父には言えなかった。 父は「お前が宗教をやめるのなら、お前を殺して、俺も死ぬかもしれないというくらいの気持ちを持っている。」と言っていた。父は、それを現実にしかねない人だったので「宗教をやめたい。」の一言が言えなかった。 同じ年頃の子供は、どんどんと集会にやって来なくなった。彼らは、母親が「E」の宗教をしているが、父親はこの宗教に対して批判的、もしくは大反対者だったため、やめたとしても父親が見方についてくれるというわけだ。それがすごくうらやましかった。「私もやめたい・・・・・。」 この頃から、自律神経失調症の症状が見られるようになる。わけもなくイライラし、憂うつになり、頭痛がひどくなり始めた。 ときには、食器棚の皿を意味もなく、床に落として母の大事にしていた皿を何枚も割ったりする。自分でも、わけが分からなくなり、割った後はものすごい嫌悪感に襲われ、死にたくなる。帰ってきた父に見つかり、叩かれることもあった。 中学校に入ってから、母親の財布からお金を盗む、学校をサボって補導される、校内暴力に加わり、先生の腕の骨を折るなど、一般人から見ても「悪い」と言われることをしてしまった。人生やり直しができるのなら、中学時代からやり直したいものである。 これらの事件が親にばれるたびに、けつ叩きの刑が待っていた。中学生になって、親の前でパンツを脱いで、お尻を見せることは恥ずかしかったが、パンツを脱がなければ、顔でも背中でもばしばしくるので仕方なく脱いだ。 この話を、昔持っていた私自身のページやある掲示板で書いたのだが、ある人たちに「自分の犯した罪を棚にあげ、宗教や親のせいにするな。」と書かれたことがあった。確かにそのとおり。だから、ここは詳しく書かないことにする。 叩かれるのは、他にもあった。その頃、光GENJIが好きだった私は、母の財布からお金を取って、明星などの雑誌を買って机に隠していた。それがばれてけつ叩きの刑。親は、お金を取ったことも当然だが、アイドルを崇拝したことに腹を立てていた。 また「E」の中には「賛美の歌」というピアノ演奏のカセットテープが売られていたが、それを聴くためにラジカセが与えられていた。 私は、そのラジカセでこっそりとFMや光GENJIのカセットテープを聞いたりしていた。ある日、それが親にばれてしまい、ラジカセを父は角材で叩き割ってしまう。 私は、泣きながら、粉々になったラジカセを拾い集めた。どこか遠くに行きたくなった。静かな場所で誰にも干渉されず、ゆっくりしたい。「自由」が欲しかった。 叩かれた中で一番辛かったのは、寒い冬の日の夜、叩かれすぎて意識がなくなりかけたことがあった。(何の悪事を働いたのかは忘れたが。) 叩かれて終わったのが、夜中の12時か1時ごろだったと思う。布団の中に入り、涙が止まらず疲れ果てた。朝、起きると左手の小指がパンパンに膨れ上がっている。 指の奥から痛さが伝わってきて、また涙がこぼれた。むちがお尻に当たるとき、それをかばおうとして左手を持っていってしまったので、こうなったんだろう。でも、朝食時に「指が痛い。」と言えなかった。学校に行ってからも涙が出た。 学校の帰りに、警察署内にある相談室に電話をした。とにかく、目の色を変えて叩きまくる父親を何とかして欲しかったからだ。でも、肝心なことを言えず「宗教をやめるにはどうしたらいいですか?」と質問してしまった。 答えは「よく家族と話し合うことですね。」だった。話し合ってやめられるのなら、こんなに苦労してないよ。家路に着くまで、また、涙なみだだった。家についてから、母に保険証をもらって病院に行く。結果は、小指にひびがはいっていた。 夜、父親は包帯でぐるぐる巻きになった私の手を見ても、何も言ってくれなかった。数日後、父は「人の金で病院なんかに行って・・・。感謝しろ。」みたいなことを言ってきた。 私は、普通でいられなくなった。ふさぎこんで誰ともしゃべりたくないし、手のしびれ、頭痛、疲労感などがひどくなり、朝は、目覚ましなしでも起きられていたのにそれができなくなった。 夜、家族で「E」の勉強をしなければならなかったが、それができなくなっていた。父を見ると、手が震え、胸が苦しくなり、頭は痛くて脈を打つほどになっていた。 こうして、夜の勉強を休みがちな私を見て、父は「だらだら寝て、だらしない。生活を改めろ。」と、いつも言っていた。母は、見かねて、病院や頭痛を治すためにカイロプラクティックに連れて行ってくれた。 母がこうやって私を気づかってくれたのが、せめてもの救いだったと思う。 こんなことをされて「宗教をやめたい。」と思う反面、親に気に入られたいと必死になっていた。生活を改めたいと心の中では必死になっていたが、体がついていかない。 この感じ、現在の私に似ている。仕事しなければ、掃除しなければと思いつつ、ずっしりと心の中に塊があって動けない。 さらに、学校では嘘をつく癖が直っていなかったので、やがて「うそつき」のレッテルがはられ、私に対するいじめが始まる。学校が私唯一の居場所だったのに、その学校も行きづらくなるということは耐えがたかった。 家でも学校でも、びくびくし、何もやる気が起こらず、無気力になる。しかも、与えられていた部屋を剥奪された。「部屋で何をするか分からないから。」と言う理由で。 結局、高校受験に失敗し、三流私立へ行くことになる。まあ、これは言い訳にひとつに過ぎないが、何もする気力がなくなり、勉強どころではなかった。 こんな感じでしたので、自律神経失調症は、中学生の頃に発症したと思われます。頭痛と食欲不振で学校に行けず、休みがちなときがありました。 次は高校から社会人へ |